2014年10月10日 大型台風に耐える最強のイネの謎を解明
大型台風に耐える最強のイネの謎を解明 ~強稈性と低リグニン性の両立により食用、飼料、バイオマスエネルギー用新品種開発に道を開く~
リーフスターと両親の植物体。
左からコシヒカリ、リーフスター、中国117号
国立大学法人中国竞彩网大学院農学研究院生物生産科学部門の大川泰一郎准教授は、名古屋大学、富山県農林水産総合技術センター、農業生物資源研究所との共同研究で、最強のイネで知られる本学および農研機構共同育成の水稲品種「リーフスター」のもつリグニン合成酵素シナミルアルコールデヒドロゲナーゼの自然変異の遺伝的特性と、低リグニン性と強稈性を両立する品種改良のための新形質を解明しました。この成果により、倒伏しやすいコシヒカリなどの食用品種の倒伏抵抗性の改良だけでなく、低リグニン性で消化性、糖化性がよく、かつ倒伏しにくい強稈性の飼料?バイオマスエネルギー用新品種の開発、ひいては世界の食料、飼料の増産、食料?エネルギー問題の解決に貢献することが期待されます。
本研究は、文部科学省特別教育研究経費「地域エネルギー自給率向上のためのグリーンバイオマス研究プロジェクト」、および農林水産省「ゲノム情報を活用した農産物の次世代生産基盤技術の開発プロジェクト」(RBS-2003)の援助を受けて行われたものです。
本研究成果は、Nature姉妹誌Scientific Reports (ロンドン時間10月9日午前10時:日本時間10月9日午後6時)に掲載されました。
稈にみられるゴールドハル形質
現状
イネは秋になり登熟期を迎えると風雨などにより倒伏し、収量および品質の低下が大きな問題となります。最近では地球温暖化とともにゲリラ豪雨や大型台風が増加し、倒伏被害が拡大しています。将来はスーパー台風(最大風速70m前後かそれ以上)の上陸が東南アジアのみならずわが国でも多発すると予想されています。台風に耐えるイネの倒伏抵抗性の向上のためには、稈の強度を高め、曲がりにくく折れにくい品種に改良する必要があります。食用以外に、飼料用、バイオマスエネルギー用など多用途利用のイネ品種が開発されています。これらの品種は食味より量が重視され,穂が重く、地上部バイオマスを大きくする方向に改良されるため、倒伏しやすくなります。さらに,飼料としての消化性、バイオ燃料原料としての糖化性を向上させるため、消化性?糖化性の効率を低下させるリグニンの含有率が低いイネ品種が求められます。ところがリグニンは植物にとって植物体の構造的な強度を高めるのに重要な物質であるため、同じイネ科作物である飼料用トウモロコシやソルガムでは低リグニン化が稈強度を低下させることが世界的に問題となっていました。一方、イネでは低リグニン化が稈の強度に及ぼす影響や、低リグニン性と強稈性を両立させる形質は未解明でありました。
本学と農研機構が2008年に共同育成し普及が進む長稈、高バイオマス品種「リーフスター」は、強稈でありながらリグニン含有率が低い特徴をもちますが、その要因は不明でありました。リーフスターは親の中国117号と同様に、籾と稈が黄褐色に着色するゴールドハル形質を呈しますが、この形質の原因がリグニン合成酵素シナミルアルコールデヒドロゲナーゼの変異によって生じることが最近報告されました。そこで、リーフスターとその両親におけるシナミルアルコールデヒドロゲナーゼの遺伝変異と低リグニン性との関係、低リグニンでも強稈性をもつリーフスター特有の新形質を解明し、新品種の改良に貢献するための研究を行いました。
研究体制
中国竞彩网大学院農学研究院、名古屋大学生物機能開発利用研究センター、富山県農林水産総合技術センター農業研究所、農業生物資源研究所農業生物先端ゲノム研究センター、農業生物資源研究所放射線育種場
研究成果
1)リーフスターのゴールドハル遺伝子座は中国117号と同様に、第2染色体短腕に座乗し、リグニン合成酵素の一つシナミルアルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子OsCAD2を含む領域であること、稈の形成過程のOsCAD2遺伝子の発現低下、gh2突然変異体と同様の基質特異性を示すことから、OsCAD2に変異がある可能性が示されました。
2)リーフスターと両親のOsCAD2遺伝子の塩基配列、アミノ酸配列を比較した結果、中国117号は第3エクソンと第4エクソンに変異がみつかりましたが、リーフスターは第1イントロンにレトロトランスポゾンの挿入があり、リーフスターのOsCAD2変異は中国117号から遺伝したものではなく、選抜の過程でコシヒカリの対立遺伝子に偶発的に変異が生じた結果であることを明らかにしました。リーフスターは中国117号に比べてリグニン含有率が低く、飼料用、バイオ燃料用のイネ品種の消化性、糖化性の改良に有用であることを示しました。
3)リーフスターが低リグニン性でかつ強稈性となる要因を検討した結果、稈の細胞壁を構成するセルロース、ヘミセルロースの密度が高く、稈の外周部分に位置する皮層繊維組織がよく発達し、二次壁がよく肥厚していること、内側にある柔組織細胞の一次壁が厚く、セルロース、ヘミセルロースが高密度で集積しており、このような形質が低リグニンでも稈強度を高める原因となっていることを解明しました。さらに、この形質は中国117号ではなく、稈が細く強度が弱くても皮層繊維組織がよく発達するコシヒカリに由来することがわかりました。
第2染色体短腕に座乗するリグニン合成酵素OsCAD2
皮層繊維組織のリグニン
セルロース、ヘミセルロースなどβ-グルカン(青)のリーフスター柔細胞の細胞壁における集積
リーフスターの皮層繊維組織の発達と二次壁の肥厚